右クリックを禁止する 表示されているテキストを選択できないようにする

 

 

 

2005.10.30発表

「運命共同体だよ、カイ。」
「運命共同体?」
「そうだ。あの男と小夜は、まさに運命共同体だ。どちらが欠けても存在できない。」
「デヴィッド?」
「小夜の゛空腹゛を満たしてやれるのは、結局あの男の血だけだ。゛食物゛では、もう小夜の空腹を満たしてはやれ

ない。」
「空腹ってだって今までっ。」
「そうだ。今まで、だ。だが、戦う小夜には゛今まで゛ではダメなんだよ、カイ。」
。」
「あの男は小夜の影であり、従う者であり、生きる糧でもある。二人の関係は我々も詳しくは知らない。ただ、赤い

盾が彼らに出会った時、すでに二人は翼手狩りをしていたという。もう、百年以上も昔の話だ。」
「百年。」
「カイ。小夜は人間では在り得ないのだ。それを忘れてはいけない。人間という檻に閉じ込めようとしても、それは

小夜を苦しめるだけだ。人間と小夜に流れる時間の違いは、そのままあの男と小夜との絆の強さに取って代わった。

二人が過した時の長さは、我々の想像以上だ。」
「デヴィッド。」
「カイ。お前が小夜をどう思っていても、お前は小夜と同じ時を生きる事は出来ない。結局お前の感情は小夜を振り

回し傷つけるだけだ。それを忘れるな。」
。」
「未だ小夜の覚醒は中途半端なままだ。精神的にとても不安定だ。だからこそ、お前は近づくな。小夜の負担になる。

小夜の事は、結局あの男に任せるしかないんだ。カイ、お前が何をどう言おうと、それは変わらない。我々には小夜

が、そしてあの男が必要なんだ。」
「俺はっ。」
「もうあの二人には関わるなっ! 例えお前がジョージの息子でも、我々の活動の邪魔は赦さんっ。」
っ。」
「結局゛小夜の為゛なんていうお前の甘い考えは、ただの傲慢でしかない。カイ、では聞こう。お前に何が出来る。

あの男のように翼手と戦えるか? あの男のように小夜の空腹を満たしてやれるか? あの男と同じように小夜と

同じ長い時を生きてやれるか? どうなんだ。」
「それ。」
「結局、我々は小夜という存在の為には何もしてやれないんだ。」
「小夜。」

 

 

 

2005.11.02

ああ、少女なのだと男は思った。
目の前でコロコロとよく変わる表情のひとつひとつが、かつてとは何処か違う印象を男に与えるらしい。

これは小夜だ
SAYA
ではない。

翼手を追って共に世界を旅していた頃、こうして街中を歩く事など珍しくはなかった。
中世の街並み、深緑の森、湖面に聳える古き城。
SAYA
は男を揶揄うように腕を組みたがり、キスをねだり、夜を欲したものだ。
だが、いま男の目の前にいる少女は
「あのありがとう。」
「?」
「私、何度も助けてもらったのに、いつもお礼を言う事が出来なくて。」
「小夜。」
きっと、覚えてはいないのだろう。
少女を助け守るのは男の存在理由そのものである事など。
忘れたくて消し去った記憶の中にある、ふたりで過した長い時間と絆。その全てを自分の意志で捨ててしまった事実

を突きつけられて辛くないかと聞かれたら、きっと男は辛いのだろう。
だが、虚しくその姿を探し続けていた30年の時を考えれば、いま、少女は男の手の届く所にいる。
「もう、いいのですか?」
「え? う、うん。お腹いっぱい。」
「では、出ましょうか。」
「あ、はい。」
ダブルバーガー2つにポテト、コーラにプリン。きっとまだ足りないに違いない。少し歩いて次の店にでも入るか。

男の脳裏にふと浮かぶのは、いま巷で人気のオープンカフェ。特にフルーツパフェが美味しいのだと、路上でチェロ

を弾いていた男の側で観光客の女が話していたはずだ。
「少し、歩きましょう。」
「え?」
「行きたい所でもありますか?」
「えと。べ、別にないけどそれに、あまりこの辺を歩いた事ないから。」
オロオロと戸惑うのは、やはり小夜だからだろうか。SAYAは男の都合など御構い無しに行動し、何処にいても楽し

む事を忘れなかった。この少女の反応は、一々男を驚かせる。
記憶が無い。とは、こういう事なのか。
心の何処かでふたりの過去が消え失せた事を残念に思いながら、けれどその一方で男は少女の存在に安堵している。

「では、行きましょう。」
「あ。」
男がさり気無く手を繋ぐと少女はあっと驚いたように顔を上げ、次の瞬間には頬を真っ赤にして俯いてしまう。逃げ

出したいのかそうでないのか。どちらにしても、いまこの手を離す気など男にはない。

 

 

 

2005.11.04

「髪切ってしまったのですね。」
「そうなのかな? あまり覚えていないの。目覚めてから?の記憶も所々途切れていて長かった?」

「ええ。とても美しい髪だった。」
窓ガラスに映る自分とハジの記憶の中にいる自分。
何がどう違うというのだろう。
失われた記憶の中には、確かにこのひとと過した時間が埋もれているはず。
なのに、なぜ?
「ハジは私に戦う事を望むのに、記憶を取り戻させたいとは思わないの?」
「取り戻したいのですか?」
「そうじゃないけどこうして抱き締められていても違和感がないの。ハジの腕の中はとても懐かしい。でも、なぜ

なのかは覚えていない。私、心と身体がバラバラになりそうで怖いの。」
「小夜。」
「身体は、解ってるみたい。戦っている時も、こうして抱き合っている時も、私にはハジの考えている事、ハジがし

ようとしている事が解る。それは頭で考えて解る事じゃなくて、この身体が心が覚えている事なの。」
。」
「だから、尚更辛いのかもしれない。自分がもどかしいの。ハジの事は解るのに、自分自身の事が解らない。自分で

自分が理解出来ない。だから、とても不安になる。」
お父さんとも違う。
勿論、カイやリクとも。
抱き締められて感じるこの安心感や安堵感は、言葉にするなら『自分の本当の姿を理解されている』からこそのもの

だ。
だからこその我儘で、もっと安心したいと、もっと安堵させてくれと心が願ってしまう。身体が望んでしまう。
「ねえ、ハジ。」
「はい。」
「いま、この窓ガラスに映る私と、ハジの中にいる私はどちらが本当の私なの?」
「小夜。」
「髪の長さが変わったように、いまハジの腕の中にいる私は昔の私とは違う? いま抱き締めている私の身体は、ハ

ジの知る私と同じなの?」
そんなに、不安ですか?」
「うん。身体は、確かに覚えているの。ハジは後ろから私を抱き締める時、左腕で腰を抱き寄せるでしょ。右腕は

いつも肩を抱き締める。多分、昔からのハジのクセ。」
確かに、その通りだ。
それは、長い、長い時を越えて築かれた二人の絆。

 

 

 

2005.11.13

「ねハジ。」

眠る前にキスをして

「小夜?」
「いい。」
「何?」
「いいの。」
聴こえるかと思ったの。
私の心の声。
ハジにだけは聴こえるかな、って。
勝手なものだね。
いつも逃げてばかりいたのに。

「小夜。もうおやすみ。」
「うん。」
「素直なのですね、今夜は。」
「そお?」
だってね。
だって、ハジ。
駆け付けてくれたでしょ。
私のところに。
冷たい雨の中を。

「ね、ハジ。」

眠ってからでいいから、キスをして。

「何?」
「ううん。ただ、呼んでみたかったの。」
「小夜。困ったひとだ。」
「うん。自分でも困ってる。」
我儘でいていいでしょ?
ハジだけなんだもの。
私の全部、知っているのはハジだけでしょ?

だから、聴こえるかと思ったの。
私の心の声。
ハジのキスが欲しいって、我儘。

「小夜。」
「ハジ?」

「キスは目覚めてからですよ。」

もっともっと我儘になってゆく。
ハジを呼ぶ度、ハジに呼ばれる度。
それが解っているクセに、ハジは私を甘やかすのね。

「意地悪。」
クス。」
「じゃあ。」

ハジ
もっともっと私に触れて。
もっともっと強く抱き締めて。
きっと聴こえてる。
私の心。
私の声が。
ほら。

「小夜貴方が望むなら。」

今夜は眠れない。
きっと、この腕の中。
私は今夜、眠れない。

「ね、ハジ。」
「もう、眠れないと覚悟なさい。」
「ばか。」

でも、好き。

 

 

 

2005.11.13

噛んであげる
その白い肌に、所有の証を刻んであげる。
覚悟なさい。
この腕の中からは、決して逃げられはしないのだから。

「ハジったらっ! また思い切り噛んだでしょっ。」
。」
「いくら私の身体に痕が残らないからって、痛いんだからっ。」
痛いなんて小夜は言わなかった。」
「もうっ、あんな最中にって。何言わせるのよっ。」
。」
「何を拗ねてるのよぉ。ハジって時々子供みたい。」
「小夜。」
「なに?」
「突然ずぶ濡れで此処に来た言い訳はしないのですか?」
「うっ。それ、は。」
「それも丸一日食事もせず、学校にも行かず、真夜中にひとりで歩いて来るなんて。」
だって。」
「小夜、来て。」
。」
「小夜。」
「ハジ〜っ。」

何度でも噛んであげる。
貴女が私という存在を心から必要としてくれるまで。
その白い肌に、私の痕を残してあげる。

「ハジもしかして、哀しいの?」
哀しい?」
「だって私の肌に、痕は残らないもの。」
。」
「ごめんね。」
「小夜?」
「でも、ハジの体だって痕は残らない。私、こんなに噛んでるのに。」
「クスクス。」
「なに? どうして笑うの、ハジ?」

解らないか。
だから強く噛んであげる。
もっと、もっと、貴女に私を刻み付けてあげる。

「小夜。」
「痛っ! いったぁいっ!!
「クス。」
「ハジっ! もう、赦さないんだからっ!!
「クスクス小夜、痛い。クスクスクス。」

まだ解らない?
小夜。
貴女が与えてくれる痛みは心地良い。
だから、気づいて欲しかったのに

「小夜。」
「え?」

「肌に残る痕がキズだなんて、誰が言ったの?」

噛んであげる。
その白い肌に、所有の証を刻んであげる。
何度でも噛んであげる。
その白い肌に、私の痕を残してあげる。

小夜
貴女のその白い肌に、
私という存在の痛みを残してあげる
貴女が私に、
この痛みを残し続けてくれる限り

 

 

 

2005.11.18

熱い
熱い
咽喉が渇く。

「小夜。」

ハジ熱いの。
咽喉が渇くの。
何とかしてお願い。

「小夜、飲んで。」

赤い深紅い
ハジ、それは貴方の血。
私を目覚めさせる聖なる血。
でも

「小夜これは貴女の血。私の内(なか)を流れる血は、貴女の為に。だから、飲んで。」

ハジ熱いの。
咽喉がカラカラ。
でも、渇いているのは本当に咽喉なのかな

「小夜?」

熱いのは身体。
私の内を流れる血潮。
沸騰した血液が毛細血管を喰い破り、皮膚を裂いて溢れそう。

何とかしてハジ。
お願い助けて

「小夜。」
「ハジ。」

満ちた月がふたりを見下ろして。
流れる雲がふたりを覆い隠して。

木々の囁き。
水の流れる音。
沈黙する闇。
煌めく夜の帳。

「小夜。」
「ハジ熱い、よぉ。」

こうしてふたり、どれほどの時を過ごして来たの?
私の失ったものは、ふたりで過した記憶だけなの?

「ハジ。」

貴方の右手が血を流してる。
私は躊躇いながら、それを口にする。
甘い。
甘い血。
貴方の内を流れる私の血潮。

「ハジもっと強く抱き締めて。」

飢えているのは咽喉。
餓えているのは身体。
カラカラに渇いた心。
失った貴方との時間。

「鼓動が聴こえる。」
「小夜。」
「血の流れる音がする。」
。」

闇の奥深く。
ふたり抱き合ったまま獣と化して。

飢えを満たすのは互いの血潮。
餓えを満たすのは互いの身体。

「小夜まだ熱い?」
「ハジ。」
「まだ咽喉は渇いている?」
「ハジまだ足りないのまだ、貴方が足りない。」

これから、また。
ふたりきりの時間は流れてゆく。
止まる事のない血潮と同じように。

「もっともっと貴方が欲しい。」
「小夜。」
「もっと、もっと、貴方のすべてを知りたい。」

「小夜それが貴女の望みなら。」

闇の奥深く。
ふたりの絆は再び築かれてゆく。
溶け合う熱の、さめやらぬ内に

 

 

 

2005.11.19

深紅のマーメイド・ドレスを着て。
「ハジ〜っ。凄く背中が寒い。」
漆黒のロング手袋を着けて。
「ねぇ、これってやり過ぎじゃない?」
黒革のハイヒールを履いて。
「え〜。歩き辛いよ。」
身に付ける宝石はブラッドピジョン。
「高そ〜。」
小さな物でいい。でも上質の物を。
「ねぇ、ハジ。本当にこれでいいの?」
よくお似合いです。
「もう私、ダンスなんて出来ないし。」
構いません。リードは私が。
「でも、パーティなんて。呼ばれたのはハジだけでしょ?」
こういうパーティは婦人同伴が原則です。
「そうなの?」
はい。
「チェリストとしてのお仕事?」
ええ。
「こんなに目立っていいの?」
個人のパーティですから。

でも

「でも、なに?」
「こんなに美しく着飾った小夜を人目に触れさせるのは。」
「え?」
「やはり断りましょう。」
「は?」
「何です?」
「何ですってだってハジ。このスイート・ルームは仕事先の人が用意してくれたんでしょっ?!
「構いません。」
「ええっ!!
「おや? 小夜はパーティに出たいのですか?」
「そそ、そうじゃなくて。」
「そうじゃなくて?」
「折角ドレスアップしたのに私のこの苦労はどうしてくれるのよぉ〜。」
「大丈夫、無駄にはしません。」
「ハジ?」
「ふたりきりで、パーティしましょう。」
「え?」
「ルームサービスで美味しいものを用意して。四重奏の代わりに古いレコードなんて如何です? この部屋にはお

誂え向きにアンティークの蓄音機がある。」
「蓄音機ってそれ、動くの?」
「ここは一流ホテルですよ。置物も本物のはずです。ああ、クラシックのレコード盤も随分と揃っていますね。」
ハジ、楽しそうね。」
「小夜こそ。悪戯な目をしています。」
「パーティするんでしょ? 楽しまなくちゃ。」
「小夜やれやれ。」

燕尾服脱いで。
「これからワルツを踊るのですが?」
カフスボタンも外して。
「食事も途中ですよ。」
これ、ブラッドピジョン?
「ええ。小夜の宝石と同じです。」
シルクのシャツも脱いで。
「小夜。」
ほら、ボタン外して。
「これではストリップだ。」
外して。
「小夜困ったひと。」
だって邪魔なんだもの。
「邪魔?」
ワルツは体をぴったりと合わせて踊るのよ。ハジ、知らないの?
「小夜、何を思いついたんです?」
くす。くすくす。
「折角のディナーが冷めてしまう。」
いいの。きっと覚めても美味しいと思うから。
「クスクス小夜、くすぐったい。」
さ、ワルツを踊りましょう。

でも

「でも、何です?」
「ハジの心臓の音が私の邪魔をしてる。」
「邪魔?」
「そう。こうして直接心臓の音を聴いていると、ワルツが聴こえないの。」
「それは困りましたね。」
「うん。それにハジは背が高いから腕が疲れちゃう。」
「他には?」
「私の腰を抱く手の包帯が邪魔。」
「クス。」
「マーメイド・ドレスは踊り辛い。」
「クスクス。」
「ヒールを脱ぎたいし、手袋も邪魔。」
「それではストリップでもしなくては。」
「ハジ。」
「脱がせましょうか?」
「ばか。」
「酷いな。」
「脱がせてくれるなら、黙ってして。」
なるほど。」

パーティをしましょう。
悪戯な貴女とふたりきりで。
キングサイズのベッドの上。
シーツの海で、貴女とワルツを

 

 

2005.11.20

今日もカイ兄ちゃんの機嫌は最悪。
その理由は小夜姉ちゃんがまたあのひとと一緒だから。
最近いつも一緒にいる。
綺麗な蒼い瞳をしたひと。
背が高くて、細いけど肩幅が広くて、とても大人だ。
だけどカイ兄ちゃんは、その全部が気に入らない。

「気分は?」
「少しだるいかな。ハジ、膝を貸して。」
「眠るならベッドへ。」
「面倒臭い。」
「小夜。」

小夜姉ちゃんはこのひとの傍にばかりいる。
まるで大切なお姫さまみたいにしてもらえるからかな。
ほら、また。
姉ちゃんはこのひとのお姫さま。
だから大事に抱き上げて部屋に運んでゆく。

『小夜。着替えて。』
『面倒だしいい。』
『服が皺になる。』
『脱がして。』
『小夜、うつ伏せたらボタンが外せない。』

部屋の中から二人の会話が聴こえる。
別にコソコソ逢ってる訳じゃない。何処かに隠れてる訳でもない。
あのひとは小夜姉ちゃんを自分の部屋に連れて行くだけ。
朝になったら一緒に部屋から出て来る事もあるし、一日中部屋から出て来ない時もある。

「リク。」
「ジュリアさん。」
「どうしたの?」
「あの、小夜姉ちゃんが。」
「ああ。ハジが一緒でしょう? 大丈夫。」

ジュリアさんは、あのひとの事を信用してるのかな?
小夜姉ちゃんは今、あのひととジュリアさんの病院で暮らしてる。
本当は家に戻って欲しいけど、デヴィッドさんと話し合って決めたらしくてカイ兄ちゃんの意見は通らなかった。
だからって訳ではないけど、僕達も今はここの世話になってる。
お父さんが死んで、あの家は見知らぬ人達に見張られてるんだ。
詳しい事は知らない。誰も教えてくれない。

『ハジ。』
『小夜酔っ払いじゃないのだから。』
『だって気持ち悪い。』
『では、シャワーでも。』
『意地悪。』
『ちゃんと脱がせてあげたでしょう。大人しく眠って。』
『嫌。』
『では、どうしろと?』
『ハジぃ。』

小夜姉ちゃんがあのひとに我儘言って駄々をこねてる。
こういう時、姉ちゃんの瞳は赤い。
ジュリアさんが二人のいる部屋の前で溜息を吐いた。
元々は病室だから、この部屋には鍵だって付いて無い。

「カイは?」
「バイクで出掛けたんだ。」
「無茶しないといいけど。」
「うん。」
「いらっしゃい。何か飲みましょう。」
「あの。」
「小夜は彼に預けておくしかないわ。」
「小夜姉ちゃんあのひとの前では別人みたいだ。」
「ある意味、別人よ。彼は小夜のすべてを知ってるから安心出来るんだと思うわ。」

だからカイ兄ちゃんは機嫌が悪いんだ。
僕達の知らない小夜姉ちゃんのすべてを、あのひとは知っているから。

「いらっしゃい。」
「うん。」
「小夜なら大丈夫。」
「うん。」

あのひとの部屋で、今日も小夜姉ちゃんは眠るんだ。
それは誰にも止められない事なんだってデヴィッドさんが言ってた。
カイ兄ちゃんはぜんぜん納得してなかったけど。凄く怒ってたけど。
やっぱりジュリアさんも、仕方ない事なんだって言葉を繰り返してた。

僕は、小夜姉ちゃんが幸せならいいと思うけど。
カイ兄ちゃんだってそう思っているはずだけど。

夜がまた来る。
カイ兄ちゃんのバイクは戻らない。
小夜姉ちゃんは今夜もあのひとの部屋。
赤い瞳のまま、小さな子供のように甘えてる。

僕は、小夜姉ちゃんが幸せならいいと思うけど。
そう思うけど

 

 

 

2005.11.22

クーラーが気持ち良かったのは肌が熱っていた僅かな時間の事で、シャワーを浴びて一眠りして、ふと目覚めた瞬間

には利き過ぎたクーラーがひどく寒く感じた。
ハジは眠ってる。左腕を枕として私に提供していたお陰で着替えも出来なかったみたい。シーツに埋もれた白い肌は

陶磁器のようで、僅かに上下する胸板がなければまるで大理石の裸像。枕に懐いてしまったらしい黒髪は月明かりで

蒼味がかりとっても綺麗。
ん。」
疲れているのかな。それとも寝たフリしてるのかな。そっとベッドを抜け出してもハジは僅かに身じろいだだけ。窓

辺に置かれた揺り椅子に無雑作に広げられたガウンに袖を通すと、大きい。これ、ハジのだ。素肌に纏う物だから

シルクが良いって強請って、お揃いのを買ってもらったんだ。私のガウン、何処だろう。まぁ、ハジのでも良いんだ

けどね。
昨夜は散々ケンカしたというより、私が一方的に八つ当たりしただけなんだけど。ハジは何も言わなかった。いつ

もは優しい言葉とか言ってくれるのに、昨日は何も言わず、ただ、私をベッドに引き摺り込んだ。言葉と身体。ちゃ

んと使い分けが出来るのはハジが大人だからだ。そして私は、やっと安心して三日ぶりに眠れた。
恋人って、呼んでいいのかな? 少し違う気がする。ハジは私の事を何でも知ってるけど、私はハジの事を何も知

らない。だから、恋人じゃなくて好きなひと? それじゃ、カイやリクやお父さんと同じかな。好きの意味が違う

とは思うけど。恋ってよく解らないし、愛なんて知らない。ただ、ハジは特別。特別な好き。

「小夜?」
「あ起しちゃった?」
「すみません気がつかなかった。」
「ううん。何だか急に目が覚めちゃって。」

ハジのガウンを着たままベッドの端に腰を降ろすと、異形の右手が私を抱き寄せた。大丈夫。この手が私を傷つける

事はない。ハジの手だもの。その手に導かれるままに厚い胸板に頭を預けた。温かい血の流れる音がする。
ああ、私の好きな音だ。生きている音。特別に優しい音。

「落ち着きましたか?」
「うんごめんなさい。最近ハジに八つ当たりしてばかりだね、私。」
「疲れていたのでしょう。私は構いません。」
「ハジがそうやって私を甘やかすから。でも、ありがとう。眠れなかったの。ずっと。」
「知っています。」
「ね、ハジ。」
「どうしました?」
「ううん。ただ。」
「ただ?」
「この時間が好きだなぁって。こうしてハジにくっ付いているとぐっすり眠れるの。ちょっとクーラー利き過ぎだけ

どね。」
「クス。」

ハジと過す特別な時間。まだとても恋人とは言えないけど、特別好きなひとと過す大切な時間。
いつか記憶が戻って、ハジのすべてを思い出してもそう言えるのかな。自分の事を全部思い出して、それでも二人で

過す時間は今この時みたいに優しいかな。

「ハジ。」
「小夜?」
「やっぱりクーラー利き過ぎ。寒くなっちゃった。暖めて。」
「クスクス。」

本当はね。私がクーラーの温度を下げたの。そしてリモコンを隠したの。ハジはきっと気づいてる。
でも、やっぱり何も言わずに私を暖めてくれた。

もっとも、大人の事情もあるらしいんだけどね

 

 

 

2005.11.23

「ハジッ!!
鋭く飛んだ小夜の声に、漆黒の闇の中で獣が目覚めた。
この夜の黒よりも暗い廃墟は死に直結している。
その中で、蒼と深紅の意識が一瞬に交差した。
「小夜っ!
獣の腹部から溢れる鮮血は、一瞬前にリクを庇った結果だ。
翼手狩りの真っ最中にカイとリクが現れるなど想定外の出来事だった。
その驚愕による小夜の心の揺れが、獣の傷に直結した。
動けないっ。
一瞬だが気を失っていたらしい。皮膚を喰い破られる感覚に柳眉を僅かに寄せながら、それでもハジは小夜の姿を探

す。声は
「上、か。」
頭上から溢れ落ちて来る赤い殺気と戸惑いに、ハジは蒼い眼差しを彷徨わせた。血が目に入って視界が狭い。
その様子を「ばかっ。」と小夜の叫びが覆う。ハジがこれほどの深手を負うなど初めてではないだろうか。記憶など

なくとも小夜には解る。また、無理をさせた。後悔はすぐに翼手への憎悪に姿を変えた。
「こっのぉぉぉぉぉっ!!
その叫びも冷め遣らぬウチに、廃墟の梁からまっ逆さまに落ちてくる小夜の手にした刀が翼手の足を切り落とす。
「一匹っ! 二匹っ!! 邪魔だぁぁぁっ!!
ハジの血に群る翼手は七匹。更に壁を這い降りる二匹。その二匹を一瞬で切り倒し、小夜の身体は加速する。
その姿に「まずいっ。」と呟いたのはハジ。激しい怒りに小夜は力の制御を失っているのだ。
翼手は、小夜の力に否応無くシンクロする能力を持っている。このままではお互いに影響し合い、間も無く小夜の意

思を無視して力が暴走を始めてしまうだろう。
「小夜っ!!
ハジは腹部に喰らい付く翼手の首を異形の腕で捻じ切ると、壁の亀裂に掴まり立ち上がった。途端、内臓まで溢れる

のではないかと思えるほどの出血が床を濡らす。闇の中では、その血は毒々しく黒い。
「ハジっ!?
小夜が驚いた声をあげたのは、ハジが突然飛んだからだ。壁を蹴って一気に加速すると、まっ逆さまに落ちて来る小

夜の身体を空中で受け止める。
その刹那「チッ。」とハジが珍しく舌打ちしたのは、腕の中に捉えた小夜の全身が翼手の血にまみれていたからだ。

穢れた血にまみれていると、小夜の精神の均衡が揺らいでしまう。
「ハジっ、ばかっ。」
焦った小夜が刀を手にした腕をハジの首に回して体勢を整えると、左手で血の溢れる傷口を押さえた。深い。グシャ

リと手の平に伝わる感触に、小夜はハジの傷の深さを悟った。
「小夜力を貸してください。」
「え?」
「傷が深い上に、翼手の血にまみれた所為で回復が遅いのです。」
「どうすればいいのっ。」
「小夜。」

その瞬間、小夜の項に灼熱の痛みが走った。

 

 

 

BLOOD+サイト掲示板掲載「見本小説:bP〜10話」

ブラウザの戻るでお帰りください。

 

 

 

 

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析